こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

数年前のことです。
ある企業での新入社員のフォローアップ研修で、受講者のAさんの様子が気になりました。

研修中、Aさんに質問すると、視線があちらこちらにきょろきょろとせわしなく動きます。
話し方も、まるで書いた文章をそのまま読んでいるよう。

相手から誤解されたくない、正確にちゃんと話したい、そんな頑なな気持ちが伝わってきます。

研修の受講中は緊張して当然ですが、それにしてはおどおどしすぎです。

しかし、研修が進むにつれ、雰囲気に慣れてきたのでしょう。
ぽつりぽつり自分のことを話してくれるようになりました。

「先輩から『もっと周りを見るように』ってよく注意されるんです。気が利かないので、気を付けたいです」

“よく”という表現が気になりました。

自分でもそうしたほうがよいことは分かっているけれど、なかなか言われた通りにできない自信のなさも表情に表れています。

もしかしたら、そこにはAさんなりの思考や行動パターンがあるのかもしれないと思いました。

パターンとは繰り返しその人にあらわれるものですから、それはそのままその人の特徴であり、ひいては強みと言える部分です。

そこで、もう少し掘り下げて聞いてみることにしました。

「気が利かないって、どういうことなの?」

「自分の仕事が終わっても、周りでまだ終わっていない人がいたら、手伝うようにって注意されます。同期はそのあたりがよく気がつくので・・・」

Aさんの先輩も新人2人を比較してしまうのでしょう。
先輩の気持ちもわかります。

「Aさん、もしかしたら、与えられた範囲には責任をもってちゃんと最後までやり遂げたいって思うんじゃない?」

Aさんの瞳がぱっと輝きます。
うんうん、と力強く頷きます。

「そんなふうに自分に任された範囲を大切にするから、自分の仕事が終わっても、他の人が任されているテリトリーに入っちゃまずいと思う、とか?」

「そうなんです!」と、これまた力強く同意するAさん。

やっぱりそうでした。

Aさんの特徴は、自分に任された仕事を責任を持って遂行するというもののようです。

決められた範囲の仕事を丸ごと任されることにやりがいを感じ、努力して責任を果たそうとする。

それはAさんの強みなのです。

一方、自分が責任を果たしたい領域に、他の人から手をだされたくないと思う傾向もあります。

だから、自分がされて嫌なことは相手にしない。
その様子を先輩からしてみれば、「気が利かない」と見えるわけですね。

しかし、先輩はAさんがそういうことを大切にしている人だとはわかりませんから、一般的に考えて「当然でしょう」という観点から注意することが起きているわけです。

もう一人の新人がよく気がつくとなれば、自ずと比べてしまいますから、余計にイライラしてくるのかもしれません。

そこでもしも私がAさんの先輩だったら、Aさんのその強みを仕事にどう活かすかを考えてみました。

まず、責任の所在を明確にして仕事を依頼すること。

そして、「もっと周りを見るように」と注意するのではなく、「自分の仕事か終わったら『何かお手伝いできることはありますか?』と、周囲の人に声をかけてみて」と具体的に誰に対して何をするのかを伝えること。

こうしたほうが、Aさんの場合は行動を修正しやすいはずです。

これらを私から聞いたAさんは、かなりほっとした様子。

「これからは周りの人たちに、もっと声をかけます」

柔らかい笑顔で表情も明るく応えてくれました。

仕事をしていると、私たちはいい結果を早くださねばという思いにかられ、相手を自分の物差しで測りがちです。

そのうちに、十把一絡げというか、一人ひとりにその人なりの強みがあるはずなのに、どうしても見逃してしまいます。

では、何に注意すれば一人ひとりの「強み」をキャッチできるでしょうか?

ひとつは「比較しない」ことです。

誰と?

周りの人と。

そして、何よりも自分自身と。
自分のやり方や自分が持っている基準と。

もうひとつは、「決めつけない」ことです。

一回できなかったかから「あの人はこれはできない」とか、周りの人がそう言っていたから、「あの人はこういう人だ」ではなく。

こちら側があともうちょっとだけゆとりをもって、ほんの少しだけ「大らか」になって本人の行動や発言を観察すること。

そうすれば、相手の強みがわかったり、見えてきたり、感じられるようになります。

結果をだすことに追われる時ほど、また、一分一秒無駄に物事を進めたくない時ほど、「この人はこういう人」と答えを急ぎすぎないようにしたいものです。

相手の成長のために。
自分の心の平穏のために。

そして、相手ともによりよい成果を軽やかに創り上げるために。