こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

印刷会社に勤めていた頃、Sさんという経理担当の方がいました。

彼女はせっかちで慌てるタイプ。
特に報告では、思いつくままに言葉を並べて話すので、一文の長さがやたら長い。

その上、それは事実なのか推測なのかもわかりずらい。

おかげで私は報告されるたびに、「?」の連続でした。

さらに、声をかけてくるタイミングも問題でした。
「さあ、これからお客さまのところに行こう。遅れないようにしなくては」
と会社を出ようとするまさにその時
「猪俣さん、ちょっといいですか?」
とくるわけです。

話があいまいなところも多く、

「ねえ、Sさん。その件を依頼してきたのはAさん? それともBさん?」
「お客さまがおっしゃった『しばらく待ってもらえますか?』の『しばらく』とは、どれくらいの時間をさしているの?」

要領を得ない彼女の話に「もっとわかるように話してよ」とイライラし、「猪俣さん、ちょっといいですか?」と声をかけられるたびに、またダラダラした話を聞くのかと、ストレスさえ感じるようになりました。

どうしたらSさんは、もっと簡潔に報告できるようになるのでしょう!

毎日、考えるのはそのことばかり。

もちろんSさんにリクエストしました。

報告は結論から話すように、私が出かける直前ではなくもっと早めに報告してくれるようにと。

その都度Sさんは「あっ、すみません。そうですよね。気を付けます」と言うものの、そのあとどれくらい改善されるかというと、期待にはほど遠い状況でした。

そんな愚痴めいたことを父に話していたときのことです。

ふと思ったのです。
父がどれだけ「聞き上手」かは前回お伝えしたとおりですが、私はどれくらい父のような聞き方でSさんの話を聞いていただろうかと。

どんなにSさんの話が長くても、どんなに忙しい状況でも、3分だったら父のように聞けるのではないかと。

翌日。

「では〇〇さんのところへ行ってきますね」
「あっ、猪俣さん、ちょっと待ってください」

案の定、Sさんに呼びとめられました。

「はい、なんでしょう?」

今までの私なら立ったままで、椅子に座っているSさんを見下ろすかのような態度でしたが、その日は空いている椅子を動かしてSさんの近くに座りました。

まず3分、3分と言い聞かせながら。
あと意識するのは相づちです。

父がしている聞き方を思い出し、Sさんが話しやすいようにリードするイメージを描いて。
Sさんを穏やかな視線で見るようにして、会話のつなぎ目とつなぎ目に、ゆっくりと頷きを入れて。

「忙しいから早くして!」ではなく「どうぞ、そのまま安心して続けて。ちゃんと聞いているから」というメッセージを視線で送りながら。

そのようなことが3回ほど続いたでょうか。

期間にして一週間もたたない頃、Sさんの報告の仕方が大きく変わったのです。

変わったのは「聞いているときの態度」だけです。

正直なところ、Sさんは報告が下手な人だと思っていました。
しかし、Sさんを報告下手にしていたのは、私だったのかもしれないと気づいたのです。

私に声をかけるタイミングも悪いのではなく、いつも忙しそうにしている私に気遣って声をかけられなかったということにも気づきました。

そのあとのSさんはというと、他にも変化がありました。

一ヶ月ほどして社長がこう言ったのです。

「最近、Sは仕事を落ち着いてやるようになったな。
前はうっかりミスがあったが、なくなってきた。
仕事が早く終わると、他の人の手伝いもするようになったな」

と。

部下の行動や言動が変わるように働きかけなければならないことは多くあります。

しかし、おおよそ人は周囲からどのようになってほしいと期待されているか、実はうすうすわかっています。

自分が相手からちゃんと受け入れられているという実感が得られれば、自ら意識も行動も変わっていくのだと、私はSさんから学びました。

あなたの周りで「聞き上手」な人はいますか?

今まで生きてきたなかで「聞き上手」だったな、という人はいますか?

あなたの家族、親戚、学校の先生、友人、先輩、後輩・・・と今まで関わってきた人の中で何人かいることと思います。

その人の表情、視線、態度、相づち、頷きはどうだったでしょう。
イメージしながら部下の話を聞いてみてください。

まずは3分間。部下にとってのささやかな安心感をあなたがつくってあげてください。

自分に安心感を与えてくれる人に、人は言葉だけでなく行動で返したいと思うものです。
大切なのは、部下がそう変わったときに、ちゃんとそれに気づいて本人に伝えてあげること。

どうぞ、部下が見せてくれている小さな変化を見落とさないように。