★『女性のためのリーダーシップ術』裏話 第9弾★

今日は本当に、本当の意味で裏話から。

「この本に書いてある話って、本当にあったことですか?
 作り話っていうのはないんですか?」
とまれに聞かれることがあります。
「いえいえ、全部本当の話で体験したことなんですよ」
そう答えていますが、実は編集者さんのアドバイスのもと、
状況設定を変えたところが一か所ありました。
それは、【フィードバックで部下にとってほしい行動を伝える】の
ところです。(P181)

   以前、我が家でこのようなことがありました。
   夫から「準備を頼んでいた書類を出してほしい」と声をかけられましたが、
   私は家事に気をとられ、なかなか応じることができませんでした。

こんなに、穏やかな日常場面ではなかったのです。
事実はこうでした。

当時、私は毎朝、夫を車で会社の近くまで送っていました。
その車の中での会話です。

「あなたは、僕のことをないがしろにしているよね」

突然、しかも憮然とした様子で彼が言い放ったのです。
しかもあまりにも断定的な言い方。
これは聞き捨てなりません。
一体、何を言っているのか!
ないがしろになんかしているわけないじゃない。
でなければ、こうして毎日、毎日、忙しいのに
車で送ったりなんかしないじゃない。

「ないがしろにしてないよ」
「いや、ないがしろにしてるよ」
「してないでしょっ」
「いや、してる」
「してない」

ううん! と彼は首を大きく横にふり、
「ないがしろにしてる!」
と言い張ります。

全く会話になりません。
ほとほと呆れました。

「一体、あなたは何を根拠にそう言うの?」

「だって『お金を頂戴』って、10回お願いしたのに9回無視したじゃない。
 ないがしろにしてるよ!」

は? 
家を出る前の自分を振り返りました。
そう言われれば、「お金を頂戴!」と声高に言われていたような。
しかし、メールを何人かに返信中だった私は余裕がなく、
その都度、「待ってて。あとで」と作業をしながら返していたような。
ようやく振り返ったときに、目に入った彼の顔は、
まるで「オバQ」のような必死な表情だったのは記憶にあるけれど。
でも10回も言っているはずがない。
大体、そんなの数えているわけないじゃない。

「10回も言ってないでしょ。大げさな…」
「ううん。(ここでまた首を激しく左右に振り)言った!」
「何よ、数えてたわけ?」
「数えてたよ。そしたら、10回のうち9回無視したよ」

まさか、一回、二回、三回……、と数えていた?
にわかに信じられませんが、
ここまでくると、もう笑うしかありません。

とにもかくにも、10回お願いして9回無視されたとしたら?
その事実から、
「自分は奥さんからないがしろにされている」
と結論づけるのも、妙に納得がいき、
すっと感情が楽になったのを今でも覚えています。

「(笑いながら)わかったよ。今度はすぐにお金を渡すよ」
「うん、ないがしろにしないでね」

これにて、真実のエピソード終了。
ただ、編集会議の時に、
「んー。お金の話題じゃないほうがいいんじゃないですか」
ということになり、手を加えたのでした。

さて、フィードバックという観点から、
もう少し語ってみましょうか。

  10回お願いして、9回、あなたは返事をしなかった

まるで模範解答のような、
事実に基づく、具体的なフィードバックです。
事実には、信憑性がとてもあります。
根拠としても、抜群の存在感があります。

これを職場の部下育成に活かすならば、
どのような表現になるでしょうか?

  最近、仕事が早くなったね。
  その調子でこれからもお願いね。
と言うよりは、
  最近、仕事が早くなったね。
  以前は二日間かかっていたけれど、
  今週に入って、午後の四時間で終わるようになったね。
  その調子でこれからもお願いね。

  ねえ、さっきのお客様の応対なんだけど、
  私には、お客様を大切にしているように見えなかったよ。
  忙しくても、お客様第一に応対しようよ。
と言うよりは、
  ねえ、さっきのお客様の応対なんだけど、
  私には、お客様を大切にしているように見えなかったよ。
  説明しているときに、ずっと資料を見ていて、
  お客様を見ていなかったよ。
  それに、「ありがとうございました」って見送るときにも、
  お客様を見ないで、資料を片付けながら挨拶していたよ。
  忙しくても、お客様第一に応対しようよ。

それぞれ、前者よりも後者のほうが、
聞く耳がたつはず、です。
納得度も高いはず、です。
よし、次からはこう変えようなど、
意欲もぐっと湧いてくるはず、です。
何を続ければいいのか、何を変えればいいのか、
その「何」が明快だからです。

じゃあ、どうしたらそのようなフィードバックができるのでしょうか。
そうです。
よくよく相手を注意深く見ていなければ
できることではありません。

それも監視、管理するかのようにじっと見るのではなく、
相手の成長を見守るように、観察する。
また、相手がどのように成長したいのかも知っているからこそ、
事実に基づいた言い方でも、
愛情あるフィードバックとして伝わるようになる。

上司というのは、
ほんとうに俯瞰して職場全体を見渡す、
ひろ~い視野が必要です。
忙しさのあまり、自分の手元しか見えなくなっている時には、
自分がそういう状態になっていることに、まず気づきましょう。
そして、一つゆっくり深呼吸をしながら、顔を上げてください。
時間にすると三秒くらい。
それくらいのささやかな時間から始めてみましょう。
少しリラックスすると、
今まで気がつかなかった「事実」が自然に目に映るようになります。

そうしてあなたが伝える「事実」に、
これから何をどうすれぱいいのか、
部下は自分自身で答えが見つけられるように、
きっとなっていきます。