先日、丸善に電話で本を注文した。
「詩集ですが・・・」と切り出した私に、
お店の方はこう質問された。
「それはポエムですよね?
 いとのししゅうではなくて」

いとのししゅう?

いと? 意図? いや、糸だろう。
糸のししゅう?
何、それ?
詩集という漢字に「糸」がどこかにあったっけ?
時間にすれば一瞬だが、
脳の中はフルスピードで情報を探し回った。
わかった。
そうか。
糸の「ししゅう」とは「刺繍」のことだ。
なるほど!

私は「詩集」以外に選択肢はなかったが、
「刺繍」というのもあったか。
確認してもらってよかった。

大体、「音」が同じで、「意味」が違うものは結構ある。

昔昔、銀行の人事部で働いていた時、
先輩に訊いたことがある。
「人事部の“つうちょう”はどこにありますか?」
ここで言う“つうちょう”とは、
通帳のことだ。
すると、先輩は「器材庫にある」と言う。
器材庫というのは、
印刷用紙やら文房具を格納しているところだ。
事務室から少し離れた別室にある。
なぜ、“通帳”が器材庫にあるのか?
そんな大切なものが?
通帳をしまう金庫みたいなものがあるのだろうか?
念のために「通帳ですよ?」ともう一回確認したら、
「だから、それは器材庫にあるわよ」と、
今度はうるさそうに言われてしまった。

解せないまま器材庫内を探しまわったが、
そこにあるのは、
やはり印刷用紙、ファイル、ボールペン、
マジックペン、模造紙、ネームプレート・・。
文房具の類ばかり。
どうしたってそこに通帳があるように見えない。

事務室に戻って、今一度訊いた。
「あのー、人事部の通帳なんですけど。
 経費を処理したいと思って」
しばし先輩はきょとんとしていたが、
「あー」と腑に落ちたようで、
「通帳ね。ここにあるよ」
教えてくれた場所は、
先輩のすぐ後ろにあるキャビネットだった。
そうか!
先輩は、「人事部名義の通帳」ではなく、
「人事部付けで発行する通牒用紙」をさしていたのだ。

つうちょう違いだ・・。

このやりとりを見ていた上司は、
けらけらと声を出して笑っていた。
先輩も私も苦笑いだ。
しかし、実際には「人事部名義の通帳」を手に入れるまでに、
ゆうに15分間は費やしてしまった。
効率的に時間を使うという観点からは、
もったいない使い方だ。

私も「通帳」とだけ言うのではなく、
「経費の処理がしたいので、
 人事部名義の通帳はどこにありますか?」
と確認すればよかったのだ。
先輩は、私が印刷をするのかと思い込んで、
「通牒用紙は器材庫にある」と教えてくれた。
先輩も「印刷に使う通牒用紙のこと?」と確認すればよかった。
お互い様だ。
というようなことが、
日常場面のあちらこちらで起きているはず。

ところで細かいところまで確認すると、
「しつこい人」とか、
「細かいことにこだわる面倒な人」とか、
少し煙たがれるのではないかと
思ってしうまことはなかろうか?
もしもそう懸念したとしても、
「多分このことを言ってるんだろう」と、
あいまいなままにするのは鬼門だ。
お互いに共通のイメージが共有できるところまで、
コミュニケーションをやりとりしたほうがよい。
案外とこういうのをはしょってしまうことが
多いんじゃないかにと思い、今日はこの件を取り上げた。

「詩集です」
「糸の刺繍ではないですよね?
 ポエムの詩集ですよね?」
日々のささいなやりとりが勉強になる。
私も気を付けたい。