季節、春ともなれば初初しい新入社員が、
軒並み顔を揃える頃。
これは私が会社員だった頃の話。
つい先日まで学生だったIさんが、
新メンバーとしてチームに入ってきました。
ちなみにIさんは、御年21歳の男子です。
Iさんの指導係としてやる気十分の私は、
早速こんなことを彼に聞いてみました。

「ねえ、この会社に入って、やってみたいことって何?」
どんなことを彼が話すのか、
それはわくわくと楽しみに待っていました。

「そうですね。とりあえず、車か欲しいっすね」
「・・・。
 あのね、仕事のことなんだけど・・・。
 仕事でやりたいことは何なの?」

既に詰問調の私です。
「あっ・・・」
彼の視線が泳ぎました。
動揺しているようにも見えました。
「仕事では・・・、まずは自分に与えられたものを
 しっかりやる・・・です」
結局、ありきたりの答が返ってきました。
ちょっと私たちの間にきまずい空気が流れます。

ふと、過去の自分のことが思い出されました。
「やってみたいこと」についての。

当時私は印刷会社で働いていましたが、
それは曽祖父の代からのもの。
一人娘の私は父が社長を勤めるその会社に入ったものの、
本当はやりたいことが別にある、との思いが、
日々強くなるのを悶々と過ごしていました。

本当は?
銀行の人事で研修を担当していた時のように、
研修の仕事がしたかったのです。
なのに、こうして自分の想いに蓋をしめて生きているのは、
自分をないがしろにしている気持ちさえしていました。

或る日、勇気をもって父に打ち明けたことがあります。
「実は研修の仕事がしたい」と。
返ってきた言葉は、
「そんなんで生活できるのか?
 そんな仕事がそれほどあるわけないだろう」

今の私の年であれば、
その時の父の気持ちがよくわかります。
父も本当はやりたいことがあった、
しかし、家の事情で地元に帰らざるえなかった、
自分がそうやってできているのだから、
私にもそうしてほしかったのでしょう。

こうして私の未来へのほのかなビジョンは、
少しずつ埃をかぶっていったのでした。

さて、そんな私がコーチングを学び始め、
コーチという人をつけて、
セッションを始めたのですが、
今でも印象に残っているセッションがあります。
それはもう10年以上前のことですが。

「実はずっと気になっていることがあるんです。
 印刷会社のことはとても大切に思っています。
 でも、どうしても気持ちがのってこないんです。
 本当は・・。研修の仕事がしたいと思っていて・・・」

跡取り娘なんだから仕方がないよね、
と言われると思いきや、
コーチからの言葉はこうでした。

「素敵じゃない! もっと聞かせて」

そんなことを言われたのは、
生まれて初めてでした。
それからは、どうして研修の仕事がしたいのか、
それを通して実現したいことは何なのか
研修を受けた人たちにどうなってほしいのか、
それができると自分はどんな気持ちになれるのか、
どんな研修をやってみたいのか、
自分にとってどんな意味があるのか・・。

気づいた時は、約束のセッションの時間を超えて、
ゆうに30分はたっていました。

そのセッションの後、
今一度自分のビジョンを信じてみようと、
不思議に勇気がふつふつとわいてきた感覚を、
それこそ今でも覚えています。

自分の内側にあるビジョンを
人に語るのは、とっても勇気がいることです。
笑われるんじゃないか?
恥かくんじゃないか?
そんなのできっこない、と一蹴されるのではないか。
で、傷つきたくないと・・・。
そうこうしているうちに、
人は次第に無難なことしか
言わないようになっていくのだと思います。

しかし、あの時のコーチのように、
自分のビジョンを自由にのびのびと語れる相手が身近にいれば、
人はどんどん伸びやかになっていくのではないでしょうか。

ここで、話はIさんとのことに戻ります。
気づいたのです。
私は、私が期待するビジョンを彼から聞きたがっていたことに。
彼が話したいビジョンを語ってもらわなければ、
意味はありません。
なぜなら、これは彼の時間なのですから。

さて、仕切り直しです。
私はこんなことを彼に訊いてみました。

(続きは後半で)