ある企業の研修担当者と話していた時のことだ。
もう随分前のことだが、いまだに印象に残っている。
グループリーダーのSさんは、
いくつもの営業店を経験したベテラン社員。

「Tさんは、ちょっと固いところがあるのよねぇ」
と言う。
Tさんは、入社した時から研修グループの7年目の中堅どころ。
マナー研修を中心に担当している。
話し方、態度、周りの方への気遣いや配慮、
ひとつひとつの振る舞いなど、
すべてをとって非の打ちどころがなく、
まさに「マナーの先生」という感じの女性だ。
ただ、それはSさんが言ったように、
ちょっと固いという印象も周囲に与える。
きちんとしているTさんと一緒にいると、
実は私もちょっと緊張するような感じがした。

Sさんは、続けて言う。
「そうだなぁ。どうしたらTさんはもっと柔らかくなるかなあ。
 くだけた言葉遣いで話してもらってもいいんだけど。
 今の殻を破ったほうが、もっと成長すると思うんだけど、
 そう思わない?」

そう思わない?と訊かれれば、
私も意見を言わざるをえない。

「うーん、そうでしょうか?」
Sさんは、まさかそんな返事がくると思わなかったのだろう、
え? と一瞬言葉をのまれた。

「私たちから見れば、Tさんにもっとこうなってほしいというのはあります。
 しかし、それが本当にTさんのためになるのでしょうか?
 そもそも、Tさんはどうなりたいと思っているのでしょうか?
 私たちが思うシナリオでTさんがこうなったらいい、というよりも、
 Tさんが思うシナリオを一緒に見ながら、
 Tさんのキャリアをサポートしていく、
 というほうが理に適っていると思います」

Sさんは、ただ自分が思っていることを
私から共感してもらいたかっただけかもしれない。
Sさんは口をつぐんでしまい、その話題はそこまでになった。

しかし、こういうことは日頃多いのではなかろうか。
上司が部下に、「あなたは、もっとこうなったほうがいい」と、
相手のビジョンをこちらが決めて関わってしまうことが。
せっかくそう思ったのであれば、
「私はあなたにこうなってほしいと思う。
 なぜなら、これこれこういう理由で。
 これを聞いて、あなたはどう思う?」
こんな感じで部下も一緒に場に招いて、
ともに考え、ともに今後のプランをつくっていけばよいのだ。

どうしても世の上司は頑張ってしまう。
いや、頑張るというよりも、
こういう話題で部下と話をすること自体がおっくうなところもあるかもしれない。
やぶからぼうに何だ? と部下からいぶかしがられたら、
それはそれでこれからの関係に影響してしまいそう、
そう懸念するかもしれない。
しかし、それは取り越し苦労だ。

「あのさ・・・、実はさ・・・、」の勇気ある一言で、
部下と対話するきっかけをつくろう。

 この人は、もっとこうなるといいんだけどね。

そう思った時には、
それは本当なのか、相手はどうなりたいと思っているのか、
そんな問いを自分にしてみよう。

部下の育成なんていうのは、
こんなところから始まるもの。