・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『女性のためのリーダーシップ術』
 「魅力的な未来をつくる② ~部下がビジョンを描けるように~」 より
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『魅力的な未来をつくる②』に登場するG君。
ここでは、私が印刷会社で働いていたとき、新入社員のG君に、
「一年後の目標って何?」と訊ねたことをきっかけに
繰り広げた会話を紹介しています。

「とりあえず、車は一台欲しいっすね」のG君の答えは、
私の想定範囲をはるかに超えていました。
(はっ? 仕事のことを聞いているのに、なぜ車の話題?
 しかも“とりあえず”って何?
 “そうっすね”って、その言葉遣いは何?)
面食らった私は一瞬息をのみ、
二人の間にひたひたと沈黙が流れました。
ですが、「このまま諦めたらあかん!」。
なんとか気を取り直し、
車を手に入れたときのイメージがG君に浮かぶように、
四苦八苦しながら会話を続けました。

その後の彼の成長と活躍ぶりは本に書いたとおりですが、
本当のところは「オチ」がありまして。
それは確かその年の12月。
一年間の彼の「頑張り」を労いたくて、次のように声をかけました。

「G君、すごいね。一年後にはとりあえず車が一台は欲しいって言っていたのに、
 一年もしないうちに夢を叶えたね!」
「でも、あの時、猪俣さん、ムッとしていましたよね。怒られた…」
「えっ! そんなことないでしょ! ん…。そうだったかな…」
わかっていたのですね。G君。
上手く取り繕ったつもりでしたが、見事にばれていました。
でも、嬉しかったです。
こういうやりとりがお互いにできるようになったんだな、と。

G君といえば、こんなやりとりも印象に残っています。

専門学校の進路相談室の先生から、太鼓判あって採用したG君。
当時は新入社員の早期退職が続き、頭を抱えていました。
G君には、せめて3年以上は働いてほしい、
だから大切に育てたい、そのためにどう関わったらいいか。
あの頃の私は、毎日自問自答していました。

その頃、G君の確認不足から起きたミスで
作業の進行が遅れたことがありました。
なんとか納期を守るべく、ほぼ全員の社員が残業。
何人かは徹夜作業にまでなりました。
もともと真面目で責任感があるG君ですから、
会社に迷惑をかけたと力を落とし、
かなり落ち込んでいました。
とはいえ、そういうミスをしたというのは、
彼が成長してきた証でもあるのですが、
ミスをした本人としては、やはり辛い。
さて、どうしようか。
とにかく彼と話す時間をとることにしました。

「ねえ、G君はさ、学生から社会人になったでしょ。
 これからは自分で自由にデザインしていく自由を手にいれたんだよね。
 これからどんなふうになっていきたい?
 どんな仕事をしてみたい?」
「・・・・・・・」(困惑モード)

質問があまりにも大きすぎました。反省。

「中学、高校、専門学校とか今までを振り返ってね、
 G君の成功体験ってどんなことがあるの? ぜひ、教えてよ」
俯き加減のまま、視線が左右にちらちらと動くG君。
こういうことを訊いても、かえって追い詰めるだけかもしれない。
話題をかえようと思った矢先。

「実は…、自信がないんです」
ぽつりと吐きだしたその言葉には、
G君の本当の気持ちが詰まっていました。
「大丈夫だよ。初めはみんなそうだよ」なんて、
決して軽く流していはいけないものを、そこに感じました。

「自信がないっていうと…?」
「高校のとき、試験ができなくて…。勉強してもわからなくて…。
 自分って馬鹿なんだなあって…。」
そんなことがあったとは…。聞いていて私まで切なくなりました。

「だから、専門学校に入ってからは一生懸命やったんです。
 もうそんな自分になりたくなくて。
 将来は、映像制作をやってみたいんです。
 人があっと驚くような、感動するような、
 そんな映像をつくってみたいんです。
 目標にしている人もいます。その人、本当にすごいんですよ!」
そう言い切ったG君は、最初の頃とは別人のように、
まっすぐ私の目を見据えていました。
自分の「これから」を信じる力強さが静かにあふれていて、
頼もしく感じました。

「うらやましいなあ。目標にしている人がいるんだ。いいなあ。
 どれくらい先には、その人みたいになっていたいの?」
「あまりにもその人とは差がありすぎて…。ちょっと想像できないですね。
 あのぉ、俺…。俺、Bigになりたいんです!
 ははっ!(笑) 言っちゃった!」
「いいじゃない! 素敵じゃない! 目指そうよ、その人」
「近づけるかなあ」
と照れながらも、まんざらでもない様子のG君。

「ねえ、うちの会社で何を学んだり、できようになっていくと、
 その人に少しでも近づけるんだろうね?」
「やっばり、仕事の基本っていうか、
 社会人ってことをしっかり学びたいですね。
 自分、まだまだ甘いところがあると思うんで。
 だから、仕事をきちんと任せてもらえるように、まずはなりたいです」

はっきり語るG君は、20歳の「お兄ちゃん」ではなく、
将来を見据えた「青年」の眼差しをしていました。

私から「あれやこれや」と頑張ってアドバイスしなくても、
G君が自分自身で、自分の答えを見つけた瞬間。
そんなときに、人は「自信」あることを実感でき、
まだ起きぬ未来に「期待」を感じられるようになるのだと、
私自身、確信した瞬間でもありました。

実をいうと、当時のうちの会社では、
映像関係の仕事はしていなかったのです。
でも、私は彼のそのビジョンを応援しようと思いました。
いずれ転職したいという時期が来たとしても、
何年かのちに「あの会社にいたからこそ、今の自分がいる」と
彼が振り返れるような成長ができるよう、
意識して関わっていこうと心に決めました。

   言っちゃった!

本人にとって、とっても大切なことなんだけど、
言ったら笑われるかもしれない。
言わなければよかったと後悔するかもしれない。
でも、そのリスクを自ら越えて話すのですから、
勇気あってこそできることです。
素晴らしいチャレンジです。
それに、自分で言ったことに対しては、
約束を果たしたいと誰しも思いますから、
集中して仕事に取りくむようにもなります。
「言わせられた」のではないのですからね。

それからのG君は、
同じミスをしないように自分なりのチェックリストをつくって、
モレがないように必ず確認しながら仕事を進めるようになりました。
先輩に質問するときの声も軽やかで、
笑顔も見られるようになってきました。
その様子を見て、私がほっとしたのは言うまでもありません。

  言っちゃった…!

今は、もう私は職場の上司ではありません。
でも、そんなサプライズが相手に起きるよう、
コーチとして、キャリアカウンセラーとして、研修講師として、
これからも相手とともに対話を創っていきたいと思います。

まあ、それにしても、
G君からは、たくさんのことを学びました。
親は子に育てられる、という言葉がありますが、
上司っつうのも同じだな、と。
部下から、上司として人として成長させてもらっている。
そんなことをしみじみ思う、今日この頃です。