こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

組織のパフォーマンスアップにコーチングがどのように活かせるかをお話しします。

今日は、コーチングのスキル、「未来を語る」にフォーカスします。

ある飲食業界の企業から約80名の人事面談の仕事を依頼された時のことです。

その一人、Aさんとの面談はとても印象深いものでした。

Aさんは入社5年目、営業店のサブリーダーを担っていました。
姿勢がよく、はきはきと明快に答えるその様子に頼もしさを感じ、次の質問がしたくなりました。

「Aさんは5年後にはどうなっていたいの?」

正直、彼の答に期待していませんでした。

もしかしたら、「えーと・・・」と言い淀んでしまうかもしれない、瞬間的に思いました。

しかし、彼は、

「店長になりたいです」

と即答。

驚きました。
さらに彼に興味が湧いてきました。

「店長になったらどんな店をつくりたいの?」

「従業員が安心して働ける店にしたいです」

まっすぐ私の目を見据えて話す彼の表情から、それが本心であることが感じられました。
それにしても、20代にして「従業員が安心して働ける店をつくりたい」とは・・・。

「そうなんだ。どうしてそういう店にしたいの?」

「ここで働いている人は、接客が本当に好きなんです。
お客さんに楽しんでもらえるよう、店づくりもとことん考えてやっています。仕事にやりがいをもって働いています。

でも、実は給料はさほど高くありません。
特に男性は結婚すると転職する人が多いんです。仕事は好きだけれども、辞めざるをえません。

だから、自分が店長になったら、生活も含めて安心して皆が働ける店をつくりたいんです」

聞いていて、胸が熱くなりました。

面談の最後に彼に感想を聞いてみると、こう話してくれました。

「5年後どうなっていたいかなんて、そんなことを聞かれたことは今までありませんでした。自分でも初めて話しました。
とてもいい時間でした。ありがとうございました」

「聞かれたことはない」という言葉に胸をつかれました。
確かに職場では、「これからどうしたいの?」「どんなことをやってみたいの?」と話す機会はあまりないかもしれません。

もしも実現したい未来を日常的に語れているとしたら?

そのことは必ず個人のパフォーマンスアップにつながります。
回りまわって、必ずや会社のエンゲージメントを上げます。

なぜなら、未来が明らかになれば今すべきことを自身で選べるようになるからです。

例えば、「夏にトレッキングツアーに参加するから、脚力をつけたい」と思ったとします。目の前に階段とエレベーターがあったら、どちらを選びますか?

大方、階段のほうを選ぶでしょう。

とはいえ、そういう類の質問をすることはリスクも感じます。

「どうなりたいの?」「どんなことをやってみたいの?」と質問し、どんな答えが返ってくるかわからないですから。
もしかしたら聞いてがっかりするような答えかもしれません。

相手は「わかりません」と言って、そのまま口をつぐんでしまうかもしれません。

それでも相手に未来について思考が動くような質問をすることは価値があります。
それを繰り返すうちに、相手は自分はどうしたいのかの答を探せるようになります。

どうしてそこまで言えるのかというと、私はそれを経験しているからです。

私が銀行員だった頃、入社三年目で営業店から本部に異動しましたが、異動先の上司Kさんは何回も次の質問を私にしました。

「あなたはこの課で何がしたいの?」

と。

入行してから営業店で働いていた二年間は、そんなことを聞かれたことなんてありませんでしたから、自分の意見などどこにもありません。
まずは事務に慣れてからとあたふたと答えていると、Kさんは半ばがっかりしたように言いました。

「ここで何がやりたいのかがなければ、あなたがここにいる意味はないよ。あなたはここで何がしたいの?」

ところで、Kさんは周囲からとても信頼されている方でした。

同僚からも部下からも、また上の立場の人からも、名字ではなく下の名前でよばれるほど人望がありました。
人望がある人に共通していることですが、Kさんも聞き上手な人でした。

頷き、相づちを打ち、話しの内容にあわせて表情豊かに反応し、最後までさえぎることなく耳を傾けてくれる姿勢に、私は尊重されていることの嬉しさを感じました。

だからこそ、そんなKさんの期待に答えられるようになりたいと心の底から思えたのです。

苦し紛れに「〇〇さんと同じ意見です」と言えば、「〇〇さんと同じ意見じゃなくて、あなたの意見はどうなの?」と。
Kさんは、私の答がでてくるまで辛抱強く待っていてくれました。

一年近く経った頃でしょうか。

「中堅クラスの女性行員を対象に、リーダーシップ研修をやってみたいです。そして、研修受講者が後輩たちから『〇〇さんみたいになりたい』と憧れられる人になってほしいです」

そう、とつとつと話せた時があります。

話し終えた時のKさんの「よし! それをやってみなさい」の一言。
Kさんの満足げな表情に、私は「ようやく」という達成感でいっぱいになりました。

もしもKさんとの出会いがなければ、私は「自分で答えを探す」楽しさを一生知らずに終えていたでしょう。

あなたの部下やメンバーは、今はまだしっかりした答えは固まっていないかもしれません。

報告連絡相談時には、業務を効率化のために簡潔で明瞭な答えが求められます。
しかし、相手が自らの意思を含む未来を語れるようになるためには、相手が明快に話すことを手放してもよいのです。

なぜなら、目的は相手に質問を残すことだからです。

「あなたはどうなりたいの?」「何がしたいの?」という。

その質問が相手の考える力を養い、主体性を高めます。

より良い結果は、全て「急がば回れ」です。

未来を語ってもらうというのは、その営み自体が相手のやる気を刺激し、本気と行動を相手が発揮したい未来につながります。