こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

デール・カーネギーが書いた『人を動かす』という本は自己啓発の原点といわれています。
書かれた時期は1900年代の前半ですが、今読んでも納得することばかり。

その本でカーネギーが繰り返し言っているのが、

「誰かに自分の望むことをさせるには、相手の自己重要感を高め、自分はきちんと評価されていると感じさせることだ」

とあります。

つまり、「人が動く=変わる」のは、正論を言われたときではなく、自分のことをわかってもらえたという感覚がもてたときといえます。

そのことを実感したことがあります。

以前、印刷会社で後継者として働いていたとき、Sさんというベテラン社員がいました。
年齢は60歳近く、入社したときから営業一筋で、仕事はなかなか手早いほうです。

しかし、業界をとりまく環境の変化に、知識もスキルも追いつけないという様子がありありと見てとれました。

それでも彼なりのやり方で、なんとか事態を切り抜けるということがたびたびありました。
そのようなSさんですから、彼に対して私は言いたいことがたくさんあるわけです。

「お客さまから声をかけられるのを待っていないで、計画をたてて新しい仕事をとってきてもらえませんか?」
「他の印刷会社に差をつけられますよ。こちらから先手を打って、こんなパンフレットはどうかと提案しましょうよ」
「印刷物だけじゃなくて、web制作のニーズも聞いてきてください」
「包装紙の受注が減っています。他の印刷会社が入っていないか、さりげなく確認してもらえませんか?」

Sさんはどうかというと「はいはいはい」と馬耳東風。

適当に感じるその返事のしように、私をうるさがっている様子がありありとうかがえました。

ある日、事件が起きました。
重要な取引先の仕事を失ってしまったのです。

経緯は、お客さまからの問い合わせに「うちでは、ちょっとできません」とSさんが回答したことにありました。

それを知ったとき、正直、頭に血が上りました。

このままSさんが営業担当だったら、どんどんお客さまを失うのではないかと、不安にかられました。

「どうして社長はSさんに営業をやらせているのだろう。
思い切って私がやったほうがいいのではないか」

そんなことまで考えました。
失った仕事のことが悔やまれて、寝てもさめても考えるのはSさんのことばかり。

しかし、そんな時、ふと思ったのです。

Sさんはうちの会社で全く役に立っていないのかと。

そんなことはありません。

納期までのスケジュールが非常に厳しい中、市内市外にかかわらず遠方までよく納品してくれています。
Sさんをわざわざ指名されるお客さまもいらっしゃいます。

特にT社はそうです。

この前、T社の担当の方が「Sさんには本当にお世話になっています。よろしくお伝えください」っておっしゃっていたっけ。

もしかして、私はSさんの全てが「だめだ」と決めつけていたりして・・・?

その翌朝、職場にいるのがちょうどSさんと私の二人だけという時がありました。

「Sさん」と声をかけると、「はい?」という返事のみ。

私のほうをまったく見ません。
また何か説教してくるのかと思ったのでしょう。

「T会社の方が『Sさんは急な相談でも早く対応してくれるので、とても助かっています。
よくやってくれてありがたいです』って言っていましたよ」

初めてSさんが顔を上げました。

彼と目がチラッと合いました。
「あっ、そうですか」
そっけない言い方ですが、彼の目の表情は得意げに見えました。

その後、何か会話が続くかと期待しましたが、Sさんはそのまま営業に出ていってしまいました。

それから数日後のことです。

Sさんが珍しく私に声をかけてきたのです。

「T社さんで新しい企画をだしたいそうです。
今回は企画のアイディアだしからお願いしたいとのこと。
こういうのは猪俣さんのほうが慣れているんじゃない?
お客さんに連絡してくれないかな?」

驚きました。

なにしろSさんから相談するなんて今まで一回もありませんでしたから。

しかもSさんが20年近くも担当しているお客さまの案件です。
そのお客さまの仕事を私に取り次ぐとは・・・!

それをきっかけに、Sさんは誰に言われるまでもなく、少しずつ仕事を私に引き継ぐようになりました。

しかしも営業の大先輩として、何かと相談にのってくれるようになったのです。

あんなに犬猿の仲だったのに。

この変化はなぜ起きたのでしょうか。

考えてみると、Sさん自身が、会社の中で自分は価値ある重要な存在と認められたと実感できたからだと思います。

きっとSさんにもわかっていたのです。

自分の営業スタイルは時代にもう合っていない、新しい知識やスキルが必要だが、今さらもう習得する意欲が自分にはない、と。
でも、自分もそれなりにやっていることはわかってほしい、認めてほしい。

それが満たされて、今度はSさんが周りの人のためにひと肌脱ごう、という気持ちが芽生えたのかもしれません。

正論は相手をより頑なにするばかりです。

部下はあなたに何を認めてもらいたいと思っているでしょうか。
今までの行動を自ら変えたくなるような、部下が欲しい承認の言葉は何でしょうか。

私がSさんにしたように、他の方からのいい評判を本人に伝えるのも効果的な承認です。