誕生日が近い。
これからの生き方を考えるにあたり、ふと思いだしたことがある。

24歳くらいのことだったろうか。

秘書検定準一級。持っていれば、これからのキャリアに活かせるかもと望みを持つ。
そこで秘書検定資格試験対策セミナーに参加。
その面接対策にて。
面接官役から言われた。

「あなたは秘書というよりも、秘書を使う雰囲気がするんですよね。相手をたてる、サポートするという表情、態度、雰囲気をだしてください。」

やばい!
我が強い雰囲気がでているってことじゃない。

帰宅後、鏡の前でにこやかな笑顔で話す練習にあけくれる。

でも、これってどうだろう。
本来の自分の持ち味をジブンで否定していたのではないか?

客観的にそう見えるのであれば、いっそのこと方向転換して、秘書をばりばりと生かして仕事をするような立場でいってしまうおうと、なぜあの時にならなかったのか・・・?

今思うと、不思議。

相当、周囲の視線を気にしていたのだろう。
この環境で生き延びるためには、目立ってはいけない。
歩調をあわせて、あわせて・・・と信じ込んでいた。

周りが自分をどう見ているのかというフィードバック。

その情報に「イエス」か「ノー」ではなく、それが自分の持ち味だとしたら?

その情報をジブンの生きたい方向に活かすという視点がなかったと懐かしく振り返る。

その後、コーチングを学び始めていい感じの大人になった時。

「あなたはどういう人だと見せたい?」
と参加メンバー同士でシェアしあうトレーニング。

「私は、『わかってくれる優しい人』だと見せたいです」とはっきり言ってみたら、当時の大御所コーチ、言う。

「そんなの、まったく、ない!」
一刀両断。

「猪俣さん、はっきりしてるもん! どちらかというと叱るほうなんじゃないの?」

と。
お互いに大笑いだ。

見せたいジブン、人から思われているジブン、どっちか一択ではない。
それらを統合するという選択肢だってある。

そんなプロセスは、真っ白なキャンパスに自由に色を重ねるごとく楽しい作業。

あなたは、どう見せたい? 思われている?

そして、どうジブンを育てる?

桜色のこの季節。
ちょっと立ち止まってデザインしてみよう。