こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

今回は「いつでも自分が答えを持っていなくても大丈夫」ということについてお話しします。

研修やコーチングでよく話題になるのが

「部下は受け身で自分で考えて動かない。どうしたらもっと主体的になるんですか?」

というものです。

そのたびに私は、「その部下にも自分の答えがあって、考える力もそもそもあるという前提に立ってみたらどうですか?」と返しています。
大方は、「うーん・・・」と納得のいかない表情をされます。

しかし、私たちのほうがそういう立場をとっていなければ、部下のほうでも「自分でも考えていいんだ」という許可を自らにだせるようになどなりません。

私が印刷会社で働いていたときのことです。

お客さまを訪問中、経理担当のAさんから連絡が入りました。

「猪俣さん、オペレーターの3人がパソコンの前でぼーっと座っているのよ。
『どうしたの? 仕事がないの?』って聞いたら『猪俣さんに聞かないと何をしたらいいのかわかりません』って言うじゃない。
いいの? それで?」

いいえ、いいわけありません。

しまった・・・・。
危機感がつのりました。

現場は想定外のアクシデントが次々に起こります。
その都度、私は指示をだしていました。

その通りに社員が動いているかどうかを確認し、修正が必要ならばその場でまた指示を重ねていました。

「私は指示する人=答えを提供する人」、「社員は指示を受ける人=答えを待つ人」という構図がはっきり出来上がっていたのです。

社員も「まず猪俣さんの考えを聞いてみよう」とかなり気を遣っていました。

そんなわけですから、私はまるで現場監督のよう。
本来の仕事である営業活動に時間が費やせなくなっていました。

何せトラブルが起きたら、私が解決策を考えなければならいなのですから。

しかしその結果が、「猪俣さんに聞かないと何をしたらいいかわからない」です。

「まずい」と心底思いました。

ある日、印刷機にセットする版の出力ミスを発見したBさんが「どうしますか?」と確認しにきました。
即座に判断しようとしましたが、どうにも残業続きで疲れていたこともあり、頭がよくまわりません。

「うーん、そうね・・・」

いつものてきぱきしたテンポが戻らず、二人の間にまったりとした「間」が流れます。

すると、いつもは神妙そうに指示を聞いているばかりのBさんがこう話し始めたのです。

「じゃあ、出力センタ―に再出力をお願いしておきます。
こちらのミスではないので、追加料金はでないと思います。仕上がりの予定時間も確認しておきます。
猪俣さんはこれから市外に出かける予定ですよね?
なのでCさんに出力センターに版を受け取りに行ってもらうようにお願いしておきましょうか?」

「え? あっ、ありがとう」

なんて鮮やかな「答え」でしょう!
感動しました。

実はわかっていたのです。
部下には「考える力もあるし、答えもある」と。
それができるくらいに仕事も慣れてきているし、成長していると。

しかし、本当のことを言うと、心の奥底ではそれを認めたくない自分がいました。

「インスタントアンサー」という称号が得られていることで、会社のなかで自分の優位を感じていたかったのです。

今回のことをきっかけに「私はそういうことを願っていたんだ」ということを認めてしまうと、不思議なことに部下にあれやこれやと指示する回数がかなり減ってきました。

しばらくして、経理担当のAさんが教えてくれました。

「猪俣さんは忙しいでしょ。毎日遅くまで仕事をしているし。
だから、自分たちでできることは自分たちで考えて進めよう、そのうえで判断に迷うところは猪俣さんに確認しよう。
この前、みんなで話し合ってそうしようって決めました」

と。

周りの社員たちのこうした変化はどうして起きたのでしょう?

私が「インスタントアンサー」であることを手放したことで、部下は自分の考えを言ってもいいのだと実感でき、私から信頼されているという安心感さえ持てるようになったのかもしれません。

自分の言ったとおりに行動できることが続くことで、自分はこの職場で必要とされているという存在感さえも感じられるようになったのかもしれません。

人は、自分を必要としてくれる人に対して、行動で応えたいという意欲がわいてきます。
もちろん、私たち側も自分なりの考えを常に持っていることは大切です。

しかし、時に「インスタントアンサー」になりそうな自分を感じたら、さっぱりと手放してみませんか?

あなたに聞けばなんでも教えてくれる?
いつもそうでなくてもいいのです。

そうでなくても、人としての価値が下がることなど決してありませんから。