こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

人が「実は・・・」と語り始めたら、「まだ話していないことを話そう」と気持ちが大きく動いたサインです。

その背景に「本音」があります。

相手が「実は・・・」と語り始めたら、こちらも真正面から聞く覚悟をささやかながら決める時です。

部下のパフォーマンスを高める機会として、そのことにどれくらいの効果があるかのエピソードを「前編」ではお伝えしました。
今回はもう一つのエピソードからそのことをみていきます。

製造会社の管理職対象に行ったコーチング研修でのことです。

前回の研修から今にいたる半年間で実践した成果について、参加者が発表しあう場面で起こりました。

「これといって、何か成果があったわけじゃないのですが・・・」

参加者の一人、Aさんがぽつりと語り始めました。

Aさんは営業課長。
自他ともに認める「せっかちで短気」「指示命令マネジメント」で周囲をぐいぐい引っ張っていくタイプです。

そんなAさんのいつもと違ったしんみりした様子に、全員が引き込まれました。

うちの職場は週に一回、会議をしています。

事前に案内しているにもかかわらず、欠席しがちな部下のSさんがいます。
理由ははっきりしていて、仕事が終わらないからです。

この前も案の定、Sさんは無断欠席しました。
私は次のプロジェクトのリーダーをSさんにお願いしたいと思っていたので、どうしたものかと困っていました。

会議が終わってすぐにSさんのところに行きました。

今までは私の席にSさんを呼びつけていたのですが、部下が話しやくすリラックスできる場所で話をしてもらったほうが、部下が本音で話しやすいというのを研修で学びました。

ですから、それを思い出して私からSさんのところへ行ったのです。

Sさんの姿が目に入ったとき、正直イラっとしましたね。
いつもだったら、「なぜ会議を欠席したんだ」と詰問するところです。

しかし、ここでまた研修で学んだことを思い出しそれを呑み込みました。ま
ずはSさんの言い分を聞こうと。

Sさんは私に気づくと顔がこわばりました。

「どうしたんだ? 何かあったのか?」

Sさんに声をかけると、思ったとおり「仕事が忙しくて、納期が間に合わない」と理由を並べます。
つい口をはさみたくなりました。「皆、同じだよ」と。

ですが、研修でのことがまた頭をよぎりました。
「途中でさえぎらないで、最後まで話を聞きなさい」と学んだことを。

「うんうん」「そうなんだ」と相槌を打ちながら聞いていると、大方すべてを話しきったのか沈黙の時間が数秒流れました。

その時です。Sさんが「実は・・・」と思いつめた表情で口にしたのは。

「どうしたの?」

「実は・・・。体調がよくなくて・・・。
トイレの時に血が出ることがあって・・・」

「えっ! それ大変じゃない。病院に行ったの?」

「いえ、行っていません」

「なんで行かないの?」

「こんなに会社が忙しいのに、皆だってこんなに仕事を抱えていて残業しているのに、自分だけが休むなんてできません」

そのような事情があったとは全く知りませんでした。

こんな心配ごとを抱えているから仕事に集中できず、何かと遅れがちになり、だから会議も欠席しがちだったのかと気づきました。

それからは、Sさんを説得し治療を受けるようにすすめました。

今は治療も順調に進んでいるようです。
まだ完治はしていませんが、精神的にも随分落ち着いてきました。

会議は時々遅刻することもありますが、欠席することはなくなりました。
当初の予定どおり、プロジェクトのリーダーも任せることができています。

何か研修の成果を出した・・・というわけではありませんが、部下が本当の気持ちや考えを話せる環境を少しはつくれたかな、と思っています。

会場は水を打ったように静まりかえり、拍手が沸き起こりました。

もしもAさんがSさんにいつもと同じように関わっていたら、どうなっていたでしょうか。

もしかしたら、Sさんは取り返しのつかない状態になっていたかもれません。
休職者や退職者を未然に防いだという意味で、Aさんがしたことは組織の利益の損失を防いだことになるでしょう。

それ以上に、Sさん自身の人生さえ救ったことにもなるのではないでしょうか。

それも「実は・・・」とSさんが話したくなるような環境をつくれたからこそ。

どうぞ耳をそばだててみてください。

あなたの周りにある「実は・・・」のサインをお聞き逃しなく。

部下の「モチベーション」と「行動」変容は、このような細やかなきっかけから生まれるものです。