こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

友人たちと話しをしていた時、話題がニックネームになった。

一人は、ペコちゃんと申すそうな。
不二家のペコちゃんに似ているから?

そう思いきや、「はじめは●●で、それが転じて〇〇になって、それからペコちゃんになったんです」とのこと。

ほ~。

もう一人は、「当時、クラスで『っくん』て下の名前につけるのが流行ったんですよ。それで私は『よっくん』」と。

私は、旧姓の「ふくだきょうこ」から「ふくこ」になり、それから「ふっこ」になった。

結果、「若いうちはニックネームにもクリエイティブさが見られますよね。大人になると『恭子さん』みたいに、名前に「さん」をつけて落ち着いちゃう。うん、若い頃のほうがやっぱり創造的♪」と納得しあったのだった。

ニックネームか。
「ふっこ」でない呼ばれ方をしたこともあった。

それは、あるチームメンバーとの顔合わせの時。
チームリーダーから、「猪俣さんのことをなんて呼べばいい?」と突然聞かれた。

想定外の質問ゆえ、「えーと、あのー、うーん」と考えあぐねていると、「んー、じゃあ、『きょん』でいい?」
「は? きょん?」とぽかんとしていると、「『きょん』に決まり!」となったのだった。

そのチームでの『きょん』、誕生秘話。

この強引さ。嫌いじゃない。なんかいいぞ、このリーダー。

しかし、悟った。
「わたしはどうしたいか、どうしてほしいか」を周囲が待っていてくれるのを期待するのは甘いぞと。

その場ですぐに答えられなかったら、「ちょっと待ってて、考えますから。あとで伝えていいですか?」とリクエストすればよい。
もしくは、『きょん』がしっくりこなかったら、「少し考えさせてくださいね」とお願いすればよい。

そうしたリクエストもせずに、相手が強引だとか、こっちのことをあまり考えてくれないと思うのは、都合がよいのでは?

そこで、「わたしはどうしたい? 相手にどうしてもらいたい」をしばらくの間、自分に問いかけることにした。

「わたしはどうしたい」を心得ている人が、「相手のどうしたい」を微笑ましく見守れる人だと思うので。