こんにちは。storyIの猪俣恭子です。

私はbagオタクでもあるが、penオタクでもある。
カランダッシュ、モンブラン、ペリカン、LAMMY、ROMEO など。
時折眺めては、にまにましている。

1月の半ばくらいだったろうか、なかでも「お気に入り一軍」penたちをこれまたお気に入りのペンケースに入れて・・・。
そう、入れたところまでははっきり覚えている。

しかし、その後の記憶がとんとなく。
「見当たらなくなってしまった」のだ!

ああー、ああー、ああー。
ごみ箱にするっと入ってしまったか、この引き出しにはどうか、あらゆるところを探したが、見つからず。

こういう運命か。
仕方がない。
今あるもので満足しなさい、そういうお達しと言い聞かせ、日々過ごす。

それにしても、惜しいものよ。

ああ、でも仕方がない。
もやもや感情の地獄ループ。

ところが昨日のことだ。
久しぶりに使ったbagを仕舞おうと、逆さまにして振って、まだ何か残っていないか確認する。
すると、ひょいっと顔を出したものがある。

へ? ペンケースじゃないか!
うっそ。このbagにずっと入っていたの?

そのbagの内側の布地は黒、探し物のペンケースも黒にて同化していたか・・・。
暗闇の中の黒猫みたいな。

中味を確認。

ああ懐かしのpenたちよ。
なんと有難いことか。
もう絶対仕舞いなくすものかと誓う。

この出来事を振り返る。

昨日、考えることがあって、それまで執着していたことを少し解放した。
「ないもの」ではなく、「今、持っているもの」を見ようとした。

そうしたプロセスの途上のこの出来事。

「欲しい」と強く願うほど、「満たされていないモノ」「無いモノ」に感情がフォーカスされる。
だから、不安や焦りが募ってくる。

「無いモノ」にフォーカスしているのだから、見つからなくて当然。


しかし、渦中にある時はこの法則になかなか気づけない。

「過去にはあったのに、今はない」とか「あの人にはあって、私にはない」ではなく、「今、既に私が持っている」モノは何?

そこにフォーカスすると、心が穏やかになるような。
心の器が整った時に、自然な流れに沿って、探しているものと出会うようになっているのでは?

日常の不思議から、豊かに生きるための何かを学んでいるような気がする。